風土が生んだ文化財としての但馬牛

但馬の国は、兵庫県の北辺を占め、日本海をへだてて、朝鮮半島とソ連をのぞみ、山岳錯綜して、渓谷は交通を妨げ、大小の水系は、但馬海岸の断崖を貫いて、日本海に注いでいる。
平地水田は、円山川流域を除いて極めて少く、殆んどが渓間、山麓の零細な山田、湿田で、その他林業、養蚕、梨、養鶏、円山川流域の杞柳(やなぎ)などがあげられる程度の典型的な農山村地帯である。このような自然と産業のなかから、不可分の家畜として生まれたのが但馬牛である。
重畳たる山岳には、豊富な山野草が繁り、地質は花岡岩、石英粗面岩、玄武岩などが交錯して露出し、渓流至るところにあり、産牛地として極めて恵まれた自然的条件を備えている。牛は山の放牧場で、終日自由に駆けまわり、草を喰い、渓流で清水を飲み、往復の牧道で、四肢を鍛え、蹄を強固なものにするなど、天恵を十分に活用して但馬牛はつくられるのである。
牛の改良は、草の改良であり、草の改良は山の改良保護である。この但馬の宝の山や渓流を愛してこそ優れた牛ができるのである。
牛は放牧が最も大切で、放牧を忘れた牛は、日光にあたらぬ小児の如く、成長もおくれ、虚弱で病気にかかり易い。
山野を思う存分駆け廻る牛、即ち雨の日も風の日も、宮沢賢治の詩のように「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」に大自然のなかで鍛えられてこそ、肢蹄の発育は勿論、骨も肉も強くなるのである。とくに目にみえない胃腸は、新鮮な良草によって改造され、腹部のしまった牛になる。
よく放牧された子牛が他県に売却され、その地方の飼育管理に慣れると、発育もよく、ことに肉牛の場合は、肉質や歩留は、他の追従を許さぬものになるわけである。
但馬牛をつくるには、親牛も子牛も山野の放牧を忘れては、但馬牛をつくる資格なしといっても言い過ぎではない。
但馬農民は、愛牛の心を軸に農業を営んでいるといってよく「牛は飼うものではなく、愛情と汗の積み上げで創りあげるもの」というのが、むかしからの但馬農民の牛飼い哲学となっているのである。(高田義博)
( 注) 参考資料/ 兵庫県畜産会刊「但馬牛物語」

お肉の匠 平山牛舗

委託農家で育ててもらった牛は朝来食肉センターでト蓄解体します。
ト蓄解体時にBSE 検査とBSE の危険性があるといわれる腸の部位を約2mほど切って破棄します。検査合格後、背割り( せわり) して枝肉( えだにく)にします。
枝肉をお店の加工場に持って帰って、脱骨作業(「サバキ」といいます) をします。 この時、脊柱部位はBSE の危険性があるので、廃棄処分するので2 重の安全対策になります。

ベテランの職人さんがお肉を部位ごとに分ける小割り( こわり) 作業をして、真空パックをします。これはお肉を柔らかくする大事な作業です。
この10 ~ 20 日ぐらい熟成させる工程を経て、十分ねかした後にトリミング( スジ引き作業) をします。
スライスものは薄切りのスライサーにかけ、焼肉ものはお肉を手切れで細かく分けます。お皿にきれいに盛り付けて個体識別番号と産地が見えるように陳列してお客様をお待ちします。
お客様が美味しいお肉を幅ひろく選んで頂ける様に広い価格帯で値上げをせずに頑張っています。

お肉がパックされるまで